
不眠症や睡眠障害の治療に携わっている医師や研究者が、人間の睡眠に関してとても重要視している概念として「睡眠負債(Sleep Debt)」という言葉があります。
人は寝不足が続くと体に疲れをため込んでしまう、借金をするように負担(負債)が増えていく、という考え方です。
では、睡眠負債を抱えないようにするには、負債を解消するにはどうすれば良いのでしょう。
この記事の目次
「睡眠負債」とは?
睡眠負債とは、わかりやすく言えば「睡眠不足が解消されずに徐々に蓄積される状態」です。
つまり、本来必要な睡眠時間よりも少ない分が、毎日のマイナス分(負債分)として溜まってしまう「睡眠の借金」です。
仮に8時間の睡眠が必要な人が毎日6時間しか寝られなかったとしたら、毎日2時間ずつ借金が増えていくことになります。
米国立衛生研究所の研究結果では、成人は1日につき平均7~8時間の睡眠時間が必要となっています。
ですが2016年11月の調査では、日本人の40%が6時間以下の睡眠時間しかとっていないそうです。
とくに女性は家事や育児にかなりの時間を費やすため、寝不足になりやすく睡眠負債を抱えている人が多いようです。
そして睡眠負債は、不眠症や睡眠障害へと進行する危険性もはらんでいるのです。
「睡眠負債」を抱えている人が多い国「日本」
アメリカの平均睡眠時間は7.5時間、フランスは8.7時間、そして日本は6.5時間といわれています。
そのうえ日本人の約40%が、睡眠時間が6時間未満と報告されています。
もちろん多くの人が6時間未満の睡眠で満足しているわけではなく「もっと寝たい」と思っているのですが、「眠りたい時間」と「実際に眠れる時間」に大きな差があるのが現実のようです。
睡眠負債はお金の借金のように目に見えません。
少しずつ負債は大きくなっているのに意識することもなく、知らないうちに確実に体にダメージを与えていきます。
脳に与えるダメージとは
睡眠負債が大きくなると、不眠症や睡眠障害になる前になんとか返済していこうと脳が「眠れ」と命令を出します。
すると自分の意志に関係なく眠くなり、うたた寝や居眠りが増えるようになります。
また脳への悪影響はダイレクトにくるため、集中力がなくなったり、注意力が散漫になることもあります。
例えば8時間睡眠が必要な人が1日6時間の睡眠しかとらずに1週間過ごすと、集中力や作業効率の機能が1日徹夜した状態と同じになるという実験結果が出ています。
さらに、もし6時間睡眠を2週間つづけたら、丸2日間徹夜したときと同じレベルまで脳の機能は落ちるという結果もあります。
これを見ても、睡眠時間を削って仕事や勉強をしても、逆に効率的ではないということが分かります。
ちょっと横になるだけのつもりが寝てしまった、寝てはいけない場面で寝てしまった、簡単なミスをくり返す、アルコールが入るとすぐに酔っ払ってしまう、
そんな症状がでてきたら睡眠負債を疑ってみましょう。

「睡眠負債」が引き起こす弊害
睡眠負債を抱えていても自覚していない人がたくさんいます。
たとえ睡眠時間が短くても眠気がこないなら大丈夫、というわけではありません。
眠気はそのときの環境や状況でこない場合もあり、眠気のピークを過ぎれば去っていくこともあります。
ですが、眠気が去っても睡眠不足には変わりありません。
その間にも徐々に睡眠負債は蓄積されているのです。
そのまま蓄積されつづけると、不眠症や睡眠障害へと移行する可能性があるだけでなく、交感神経の緊張状態が続いて高血圧になったり、血糖値が高くなって糖尿病になったり、認知症になるリスクが上がったりすることも考えられます。
また、精神が不安定になって「うつ病」や「不安障害」や「薬物依存」といった症状を引き起こすケースも少なくありません。
さらに睡眠不足は、食べ過ぎを抑えるホルモンを出にくくして、食欲が増すホルモンをたくさん分泌するようになり、過食から肥満になりやすいとも言われています。
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「寝だめ」は通用しない
日頃の睡眠不足を補うために休みの日はたっぷり寝る、という人も多いでしょうが、それでも体がダルかったり眠気がおさまらない人は睡眠負債が解消されていないと考えましょう。
長く眠れば睡眠の借金を返済できるというわけではありません。
また、たっぷり寝たから徹夜しても大丈夫と言うわけでもありません。
それほど眠くもないのに睡眠時間だけを伸ばすのは、浅い眠りで質の悪い睡眠になってしまい、脳や体の機能が回復するには至らないのです。
そして起きる時間が遅くなれば体内時計も狂い、夜眠れなくなったり朝起きるのがつらくなったりして、どこかに無理がでてきます。
一日分の睡眠不足を補うために翌日は少し遅く起きる、そのぐらいなら解消されますが、何日分もの睡眠負債をたった一日で返済するというのは難しいことです。
ちゃんと毎日、必要な睡眠時間を確保して質の良い睡眠を得ることで借金返済ができ、体に溜まっていた負債を解消することができます。
「睡眠負債」を返済していく方法とは?
睡眠負債は、睡眠不足の蓄積が原因となっているので、睡眠不足を解消するために「眠る」ことでしか返済できません。
借金のように一括返済というわけにはいきませんが、利子のように増え続けるわけでもありません。
ですが、最低でも半月分ほどの負債は脳が覚えているとのことですから、膨れ上がってしまわないうちに小まめに返済していきましょう。
早く寝る日を作る
休みの日になるといつもより2時間以上長く寝てしまう人は、睡眠負債を抱えている可能性大です。
休みの日以外の、週に1~2回、普段より30分以上早く寝るか遅く起きる日を作ってみてください。
少しずつでも睡眠不足が解消されますよ。
休日は少し長めの睡眠が効果的
寝だめをすることは逆効果ですが、休日に少し長めに眠ることは、日頃の睡眠不足を補うには効果的です。
ただ、あくまでも睡眠負債の返済分としての長めの睡眠ですので、次の睡眠を短くしては意味がありません。
また、長めに眠るとはいえ、2時間も3時間も長いとかえって逆効果になります。
あまり遅い時間に起きると生活のリズムも狂ってしまいますので、平日の生活にスムーズに戻れるよう、いつもより1時間遅く起きるぐらいに留めておきましょう。
短い昼寝をする
睡眠負債をこまめに返済するには「昼寝を習慣にする」という方法があり、エジソンやナポレオンもうまく利用していたと言います。
一般的に、夕方の4時ぐらいまでなら20分程度の昼寝をしても夜の睡眠には影響しません。
また、10~15分程度で目覚めると脳の働きが良くなるという研究結果もあります。
もし昼寝に時間がとれないなら、せめて5分でも静かな場所で目を閉じていましょう。
それだけでも脳の機能は回復してくれますので、ぜひ習慣化してください。
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仮眠をとる
前もって睡眠時間がとれない状況になることがわかっている場合は、たとえ短い時間でも仮眠をとりましょう。
仮眠をとるかとらないかで、その後の体の状態が変わってきます。
椅子に座ったままの短い仮眠でも、眠気が薄れて集中力が増し、思考力や判断力が鈍らなくなります。
「睡眠負債」を抱えていないかの判別法
休みの日になると普段より2時間以上長く眠っている、そういう人は睡眠負債を抱えている状態と考えるそうです。
平日でも、10~12時の午前中に眠気を感じるようなら睡眠負債を抱えていると思って良いようです。
つまり慢性の睡眠不足状態になっていて、体に負担をかけているのです。
ちなみに自分の睡眠負債は、おおよその眠った時間や目覚めた時間などから計算します。
(「休日の平均睡眠時間」-「平日の平均睡眠時間」)×「休日の日数」となります。
たとえば平日は6時間睡眠で休日の土日には8時間眠る人なら、(8-6)×2=4、つまり4時間を休日の2日間で返済しないと翌週には負債が残るということで、1日につき2時間をプラスしなければならない計算になってしまいます。
早く寝る日を作ったり、昼寝を取り入れることで、小まめに睡眠負債を返済するよう心がけましょう。
睡眠負債測定チェックテスト(エプワース睡眠尺度)
どんな状況で眠くなるかで、睡眠負債があるかどうかを測定するテストです。
以下の8つの質問に対して、
決して眠くならないなら0点、まれに眠くなることがあるなら1点、時々眠くなるなら2点、眠くなることが多いなら3点
で計算します。
1,座って読書をしているとき
2,テレビを見ているとき
3,人がたくさんいる場所で座って何もしていないとき
4,車に乗せてもらっているとき(1時間ほど)
5,午後横になって休憩しているとき
6,座って誰かと話をしているとき
7,昼食後静かに座っているとき
8,運転中、渋滞や信号待ちで停まっているとき
合計点数の結果が、
・0~5点なら睡眠負債はほとんど無し
・6~10点ならやや睡眠負債がある
・11~20点ならかなり睡眠負債がある
・21点以上なら睡眠負債が限界に近い
となります。
ちなみに、合計点数が11点以上の場合は、「睡眠時無呼吸症候群」である可能性が高いと考えられます。
もっとも適切な睡眠時間は?
近年の睡眠科学の分野では、現代における成人の最適な睡眠時間は7時間だということがわかってきました。
イギリスの研究結果によると、これまでいわれてきた「最適な睡眠時間は8時間」ではなく、6.5~7.5時間の睡眠時間がもっとも死亡率が低いのだそうです。
これが7.5~8.5時間の睡眠時間になると約20%も死亡率が多くなり、8時間以上の睡眠時間では心疾患のリスクまで高まってしまいます。
そして日本人の約40%である6時間未満の睡眠時間ですが、6時間睡眠はアメリカでは「短時間睡眠」とされています。
実際に、本人はすっきり目覚めている印象があるようですが、脳波を調べると丸2日間徹夜した状態と同じなのです。
この短時間睡眠が習慣づいてしまうことで睡眠負債を抱えることになり、脳にも体にもダメージが蓄積されていきます。

自分の体質に合った最適睡眠時間を知る
短時間の睡眠で充分な人を「ショートスリーパー」といい、寝る間を惜しんで努力したから成功したと憧れる人も多いようです。
たしかにショートスリーパーは実在しますが、200人に1人という割合です。
つまり生まれ持った体質が大きく関係していて、なろうとしてなれるわけではないのです。
それを無理に短時間睡眠にしてしまうと、すぐに睡眠不足が積み重なってしまい、不眠症や睡眠障害など深刻な問題をも招きかねません。
レム睡眠とノンレム睡眠の周期は90分と言われていますが、誰もが同じではなく個人差があるそうですので、皆それぞれに最適な睡眠時間があります。
自分の体質に合った睡眠時間を知り、睡眠負債を抱えないようにすることが重要です。
人間の体は、睡眠によって脳の回復だけでなくあらゆる場所が整えられます。
適切な睡眠時間がどれほど大事なことかを理解して、6時間以上、できれば7時間の睡眠を確保するように努力しましょう。
6時間以上眠るためには?
毎日6時間以上の睡眠をとるには、寝る時間を習慣づけるのが早道です。
そのためには決まった時間に寝る準備をして、寝る直前までのスマートフォンやパソコンは避けましょう。
脳が刺激を受けて興奮したままでは眠れませんし、画面のブルーライトは眠るためのホルモンが分泌されるのを邪魔してしまいます。
寝る前のコーヒーやお酒も睡眠の質を悪くしますので、夕食までに済ませてください。
入浴後すぐは寝つきにくいので、寝る1時間ほど前にはお風呂から上がっているようにしましょう。
寝やすい環境を整えて毎日決まった時間に布団に入る、これを続けていけば自然に眠れるようになっていきます。

まとめ
睡眠負債はお金の借金と同じです。
毎日の生活の中で不足していた睡眠が借金となって積もっていきます。
そしてお金の借金にはお金を返すように、睡眠の借金には睡眠で返済しなければなりません。
ただ借用書もない借金のため、どれほどの負債があるのか自分では自覚できないケースがほとんどです。
ですが、起きている間の睡眠負債は減ることなく増えつづけます。
体がダルい、日中に眠気がある、注意力が落ちている、休日には2時間以上長く眠っているなど、なにか少しでも気になったら睡眠負債を抱えているかもしれません。
自分の睡眠時間を見直して、不足していると感じたら借金返済を考えましょう。
一度に全部返すことができない借金ですので、毎日の生活で少しずつでも小まめに返してください。
負債額が大きくなりすぎて不眠症や睡眠障害や糖尿病などになってしまわないよう、早期に返済プランを考えることが肝心です。
そして返済が済んだら、今度はちゃんと6~7時間の睡眠時間を確保していくよう、生活リズムを立て直して持続していきましょう。