
誰しも一度は「もっと記憶力があれば」と思ったことがあるのではないでしょうか。
生活に必要な情報、学校での成績UP、受験や資格をとるための勉強、趣味の幅を広げるための知識など、人間が生きていくうえで記憶力が高いに越したことはありません。
そして覚えるためには不要な記憶を忘れることも重要で、そこには睡眠が深く関わっています。
そこで、眠っているとき人間の脳の中ではどんなことが起きているのか、睡眠によって脳の記憶力にどのような影響を与えるのか、記憶力を高める良い睡眠とはどういうものなのか、などを紹介していくことにしましょう。
この記事の目次
情報を保存する時間による記憶の種類
記憶は大きく分けて、見たり聞いたりした情報を瞬間的に保存する「超短期記憶」(「感覚記憶」ともいいます)、超短期記憶で得た情報の中から重要だと判断され数時間から1ヶ月ほど保存する「短期記憶」、短期記憶の中でもさらに重要だと判断され1ヶ月から一生の間保存される「長期記憶」に分けられます。
超短期記憶や短期記憶は覚えていられる容量に限りがありますが、長期記憶に容量の制限はありません。
そして、短期記憶で保存された情報の中でとくに重要であると判断された記憶が、「記憶の固定化」という過程を経て長期記憶となります。
内容による記憶の種類
長期記憶は、いつどこで誰と何をしてどんな気持ちだったかなどを記憶する「エピソード記憶」、辞書や本などから得た知識を覚える「意味記憶」、泳ぎ方や自転車の乗り方など身体で覚える「手続き記憶」と、内容によって3つに分けられます。
また「エピソード記憶」と「意味記憶」は、どちらも意識的に思い出すことができる情報なので2つ合わせて「宣言的記憶」とも言われています。
記憶の管理には「情報を収集する」「情報が整理され定着する」「情報を引き出す」と3つのステップがあり、この3ステップをバランスよく高める事で記憶力も高めることができます。
情報を収集することと引き出すことは起きている状態のときに行うものですが、情報が必要なものと不必要なものに振り分けられて整理され長期記憶として脳に定着する「レミニセンス効果」が行われるのは眠っている時なので、やはり記憶力アップに睡眠は深く関わっていると言えます。
レム睡眠とノンレム睡眠の違い
睡眠に「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」の2種類があることはよく知られていますが、ノンレム睡眠にも眠りの浅い状態と深い状態があり、4つの段階があります。
眠ってはいるもののまだ眠りが浅いステージ1、比較的安定した睡眠状態でノンレム睡眠中一番多い割り合いを占めるステージ2、「徐波睡眠」や「デルタ睡眠」とも呼ばれる熟睡している状態のステージ3とステージ4です。
そしてレム睡眠とノンレム睡眠は、個人差によって約80分~110分ごとに交互にくり返し現れます。
また、レム睡眠もステージ1のノンレム睡眠も眠りとしては浅いのですが、脳を覚醒させる準備の浅い眠りであるレム睡眠と脳を休ませるための睡眠であるノンレム睡眠では、まったく違った性質と役割をもっています。
睡眠と記憶
レム睡眠のとき、眠りは浅くても身体はしっかり休めています。
ですが脳は、起きているとき以上に活発に活動しています。
起きている間に学んだ知識や体験した出来事など膨大な情報の中から、必要な情報か不必要な情報かを整理して必要な記憶を定着させ、記憶を引き出しやすいよう索引作りを行っています。
新しく入手した情報を、前に覚えた情報と関連付ける作業も行うと言われています。
脳が一番得意とするのはエピソード記憶で、レム睡眠時に形成されます。
そして記憶力を高めるために重要なのは、このレム睡眠時のエピソード記憶なのです。
ノンレム睡眠には浅い眠りと深い眠りがあり、浅い眠りのときに手続き記憶が強化されます。
自転車の乗り方や楽器の弾き方など身体の動きやコツを記憶として定着させる働きです。
長年車の運転をしていなかった人でもいざ運転席に座れば車を運転できることがあるのは、この浅いノンレム睡眠時の手続き記憶のなせる技と言えるでしょう。
いわゆる「身体が覚えている」です。
深い眠り、ステージ3と4のノンレム睡眠時は身体も脳も休んでいる状態です。
嫌な記憶やストレスを消去する役目も果たしています。
暗記や、辞書などから得た知識を記憶する「意味記憶」に関係する学習には、この深い睡眠が必要であると報告されています。
寝て「忘れる」ことの重要性
脳は神経細胞の塊で、脳の中の神経細胞はおよそ1000億個にもなるといわれています。
私たち人間が、話す・笑う・歩く・走る・記憶するなど活動できるのは、この脳内の神経ネットワークによるものです。
しかし、その膨大な数の神経細胞でも、人間の五感から入ってくる情報をすべて記憶しようとすれば、わずか5分で限界になるだろうと言われています。
脳が記憶し続けられる期間は、数時間から1ヶ月ほど保存する「短期記憶」と、1ヶ月から一生の間保存される「長期記憶」とに分けられますが、脳は生命に関わるようなもっとも重要な情報を長期記憶として残していきます。
命に関わるほどではないにしても重要な情報は短期記憶に、そして重要性がないと判断された情報は忘れられます。
そもそも脳は「記憶する」より「忘れる」ことのほうが圧倒的に得意であり、脳の記憶量には限界があるため、本当に必要な事柄だけを記憶し続けて必要のない情報は忘れるようにするのです。
この「忘れる」ということはとても重要で、嫌な記憶もつらい過去の記憶も、忘れることで元気になれます。
ステージ3と4のノンレム睡眠、いわゆる熟睡している状態のときにこの「忘れる」というシステムが働きます。
人間が生きていくうえで、この深い眠りは必要不可欠です。
記憶力を高めるためには海馬を知ろう
人が情報を入手したとき、その情報は脳内の「海馬(かいば)」という部分に一時的に記憶されます。
しかし一度見聞きしただけの情報であれば、海馬は「繰り返し入ってこない情報ということは生命の維持に必要ではない情報だ」と判断して忘れようとします。
ところが、繰り返し繰り返し同じ情報が入ってくれば、「これだけ繰り返し入ってくるということは、これは生命の維持に関わる重要な情報だ」と判断して、大脳新皮質の「側頭葉」に長期記憶として送ります。
短期記憶は「海馬」で、長期記憶は大脳新皮質の「側頭葉」で保存されるのです。
そして、その情報を短期記憶として忘れるか、長期記憶として保存するかの判断は海馬が行います。
つまり、覚えたい情報があれば繰り返し繰り返し海馬に記憶させればいいのです。
海馬に情報がとどまっている期間は長くても1ヶ月で、海馬は1ヶ月かけて情報を吟味し本当に必要なものかどうかを判断します。
ですから、同じ情報を繰り返し記憶させていけば、海馬は「重要な情報」として大脳新皮質の「側頭葉」で保存されるよう働きます。
夢をみるのも大事な作業
レム睡眠時にはよく夢をみますが、この「夢」をみることはとても大事なことなのです。
夢をみているとき、海馬は起きているとき以上に活発に活動しています。
夢とは一種の記憶の再生で、海馬にとどまっている短期記憶の情報や、大脳新皮質の側頭葉がもっている長期記憶の情報が夢の中で再現されます。
脳内の情報や記憶の断片をあれこれつなぎ合わせて、組み合わせの整合性を吟味しながら整理していきます。
ですから、一睡もせずにただただ詰め込んだような情報は即座に捨てられ、数日のうちに脳内からきれいに消え去ってしまいます。
眠らないということは海馬に情報を整理する時間を与えないということで、整理できないような情報は不必要だと海馬が判断して、いともあっさりと捨ててしまうからです。
物事をしっかり覚えるうえで寝るということは大事な行為です。
テスト前の徹夜などは、貴重な睡眠時間を削るに値しない逆効果です。
無理のない範囲の情報をインプットして、あとは海馬の整理力を信じてすぐに寝る、これが効率的な学習法です。
寝る前に覚えたことは記憶として残りやすい
なにか新しいことを継続的に学ぼうとしたとき、難しい暗記など覚えたいことがあるときは、寝る前に覚えるほうが効果的です。
睡眠には記憶を整理して定着させる働き「レミニセンス効果」があり、睡眠中は新しい情報が脳に入ってきませんので、記憶同士がぶつかり合うことなくすんなりと定着されるのです。
記憶の定着はレム睡眠時に行われます。起きている間に起きた出来事や入手した情報を整理している時間です。
レム睡眠時にはよく夢をみますが、その夢はだいたい内容が支離滅裂で、目を覚ましてから思い出そうとしても曖昧で理解しがたいものです。
それは情報や出来事を整理している最中だからで、整理が済めば、起きているときに情報を探しやすくなり引き出すことも容易になります。
つまり、寝る前に覚えたいことを学習すれば一番新しい記憶として定着しやすく、思い出しやすくなります。
せっかく学んだ記憶が他の情報によって上書きされないうちに寝て、睡眠によって記憶を定着させましょう。
楽器の演奏などの練習も睡眠前が効果的ですが、暗記が伴う勉強はとくに寝る前がオススメです。
寝る15分前は記憶のゴールデンタイム
2000年の認知神経科学雑誌に、米ハーバード大学の精神医学者であるロバート・スティックゴールドが「何か新しい知識や技法を身につけるためには、覚えたその日に6時間以上眠ることが欠かせない」と発表しています。
たとえ徹夜して情報を詰め込んでも、短期記憶の海馬で止まってしまい、長期記憶として大脳新皮質の側頭葉に刻まれることなく消去されてしまうと言うことです。
さらに、脳は寝る直前に入手した情報を中心に処理するといわれ、たとえ15分でも睡眠の前に覚えたい事を学ぶ時間を確保するのが最も効率的だとされています。
その際、たとえば英単語を覚える場合なら、10個の英単語を15分かけてじっくり覚えるのではなく、100個の英単語をざっと眺めて、寝ている間の脳の整理力を信頼してしっかり眠ります。
そして翌朝、起きてから整理・熟考するのが合理的な方法だといわれています。
覚えたい事や身に付けたいことがあれば、寝る直前の15分間で学習し、他の情報が入ってこないうちに布団に入って、6時間以上は眠る習慣をつけるようにしてください。
記憶力が高いのはしっかり眠っている人
アメリカで「睡眠時間と成績の関係」を調べるため、120人の高校生を対象として研究が行われました。
その研究結果では、就寝時間が10時半ごろで睡眠時間は7時間半、という早寝早起きの生徒ほど成績が良かったそうです。
記憶力を高めてキープするには睡眠はとても大事で、徹夜などをするより、間に睡眠を挟んで記憶を定着させるほうが覚えている確率は高くなります。
また、記憶を司るのは脳の中にある「海馬」という部分で、情報を短期的に記憶したり記憶の重要さを判断しますが、睡眠時間が少ない子どもほど、海馬の体積が小さくなっているとも言われています。
睡眠時間を削って勉強しても、辛いだけで効率は良くないということです。
早く寝てしっかり眠ることが記憶力を高めることにつながります。
それは大人にも言えることで、記憶力や判断力を高めて仕事を効率よくこなすためにはしっかり睡眠をとることが大事です。
睡眠により記憶を整理して定着させる「レミニセンス効果」がより発揮させるのは、一般的に6時間ぐらいの睡眠となっていますので、最低でも6時間以上は睡眠をとって、記憶力の質を高めるようにしましょう。
まとめ
記憶力を高める良い睡眠とは、結局のところ質の良い睡眠ということになります。
事実、睡眠時間や寝る時間、眠りの深さなどが記憶力と関わりがあることは数々の研究で証明されています。
睡眠には記憶を整理・定着させる効果があり寝る15分前は記憶のゴールデンタイムと言われていること、これはぜひ覚えておいてください。
そして寝る15分前に学習したら別の情報が入ってこないうちにすぐ寝る、最低でも6時間以上は寝る、早寝早起きを心がける、覚えておきたい事柄は繰り返し復習することで長期記憶となる、と言うことも覚えておいてほしいと思います。
とくに早寝早起きは、生活リズムを整えるうえでも大切です。
早朝は頭が冴えているので集中力も発揮され、寝る前に学習したことを復習するには効率的です。
不眠症などの睡眠障害の方も、朝早く起きることで不眠が改善されることがあります。
早く起きれば夜もしっかり眠れる、夜しっかり眠れれば記憶力を高めるだけでなく生活リズムも整えられる、この好循環を作るよう心がけていきましょう。