
去る2015年9月に、英国Bradford大学で開催された「British Science Festival(英国科学イベント)」にて発表されたレポート、「早起きは身体にとって良いことではない」という朝寝坊の人には嬉しい「睡眠の新常識」をご存知でしょうか。
当時、どの国でも常識とされていた通説を覆す内容に、全世界が話題騒然となりました。
日本でも大きな話題となり、先日も某番組で取り上げられたようです。
では、早起きは危険とまで言われたレポートの真意は何なのでしょう。
そして早起きによる睡眠不足がどう危険なのか、睡眠時間が短くても効率よく眠る方法はあるのか、なども併せてご紹介していきます。
この記事の目次
「早起き」が命取りになることもある?
早起きは危険だという新説を発表したのは、十代の少年少女の概日リズム(サーカディアンリズム)について研究している、英国オックスフォード大学の睡眠・概日リズム神経科学研究所の名誉研究員、ポール・ケリー(Paul Kellye)博士です。
「朝早く起きることは人間の身体にとって拷問にも等しい」というような意味合いの、かなり衝撃的な内容のレポートは、英国ガーディアン紙などで報じられて瞬く間に世界中で話題となりました。
ケリー博士によれば、オックスフォード大学以外にも、米国のハーバード大学やネバダ大学などの研究機関で早起きが病気のリスクを高めることに関する実証研究がすすめられており、すでに糖尿病や高血圧、心筋梗塞や脳卒中、心不全などのリスクが高まると判明しているとの事なのです。
なぜ「早起き」が健康に良くないのか
では、ケリー博士はなぜ早起きが健康に良くないと考えているのでしょうか。
「世界中のあらゆる人たちの睡眠パターンを分析して、年齢層ごとの推奨すべき起床時間と起床後の活動開始時間をはじき出すことに成功しました。それによれば、個人差はあるものの、起床時間は青年期(15~30歳)であれば朝9時、壮年期・中年期(31~64歳)なら8時、高年期(65歳以上)だと7時となっている。また起床後の活動開始時間は青年期11時、壮年期・中年期10時、高年期は9時が最適だと分かっています。この数値を見れば明らかなように、すべての年齢層の人に言えることは、6時よりも前に起床することは人間として本来あってはならないということです」と、ケリー博士は言います。
つまり、早起きは人間の体内時計を狂わせる原因になるものであり、体内時計が狂うことでさまざまな弊害を引き起こす恐れがあるほど、精神的にも肉体的にも悪影響を与えるということなのです。
原因は人間の体内時計の『ズレ』にある
今日はいつもより早起きしようと思っても起きれなかったり、今夜は少し早めに寝ようと思っても眠れない、身体はなかなか思っている通りにはいきませんね。
それは、人間の身体にもともと備わっている「体内時計」によるものなのです。
体内時計とは「概日リズム(サーカディアンリズム)」とも呼ばれる、生物が生きていく上で生まれながらにして備わっている生理現象で、約24時間周期で繰り返される変化です。
動物や植物、菌類や藻類など、あらゆる生物に存在しています。
この体内時計のおかげで、生物は活動と休息を意識せずに一定の周期で繰り返しているのです。
「体内時計は身体のあらゆる部位に存在します。例えば脳の視交叉上核という場所に体内時計が備わっていますが、早起きすることによってこれがズレてしまうと、著しく脳の機能が低下します。すると集中力や記憶力、コミュニケーション能力などが著しく減退してしまうのです」と、ケリー博士は早起きによって体内時計にズレが生じることは能力の低下につながると明言しています。
理想的な起床時間は?
さらに「成長とともに変化する睡眠のパターンを調べた研究では、10歳の子どもの体内時計に基づく理想的な起床時間は6時半ごろで、授業開始は8時半から9時が好ましく、16歳では起床時間は8時頃、授業開始は10時から10時半が好ましく、18歳は起床時間が9時頃、授業開始は11時から11時半が好ましいことが示されています。」と、少々びっくりするような発言もあります。
しかし、これまでにも授業開始を遅らせる実験が行われてきたそうです。
9時以降にまで授業開始時間を遅らせるという研究はほとんどされませんでしたが、授業開始時間を遅らせることに対しての成果はどの実験でも認められていたそうです。
現在ケリー博士たちは「Teensleep」という4年間プログラムを進めています。
目的は「学校での授業開始を10時にすると同時に、生徒たちに睡眠について教育することによって、英国の全国統一試験(GCSE)の成績が向上するかどうかを調べること」とのことで、2018年に結果を論文発表される見込みです。
早起きによる睡眠不足が与える悪影響
ケリー博士は、世界中の学校で子どもの体内時計に配慮せずに授業開始時間が決められており、親や教師は早寝早起きが子ども達の身体にとって最適だと思い込んでいることを懸念しています。
「しかし、訓練で体内時計はコントロールできません。体内時計は、目の中にある光受容体を利用して昼夜のサイクルに合うようセットされます。体内時計の時間と、行動や代謝、生理的なリズム、たとえば睡眠と覚醒、ホルモン分泌、体幹温度、各臓器のリズムは通常、同調していますが、ここに乱れが生じると、さまざまな組織や臓器がそろって働くことができなくなります。特に睡眠と覚醒のリズムは乱れやすく、乱れが生じれば、健康にさまざまな悪影響が現れます。」と、ケリー博士が言うように、体内時計に合っていない時間に眠ったり起きたりしていれば、否が応でも睡眠不足になるとのことです。
そして、睡眠不足になると感情面や身体面や認知面に悪影響をもたらし、免疫反応も低下して、代謝性疾患・糖尿病・高血圧・不安・うつ・肥満が生じやすくなるといいます。
とくに睡眠時間が6時間未満の場合は深刻で、ある研究では、1週間の睡眠時間が5.7時間の人たちは、8.5時間の人たちに比べると「711個もの遺伝子の発現が変化していた」と報告されているそうです。
睡眠不足がこれほどまでに遺伝子に影響を与えていることが大きな驚きとなりました。
また、思春期の生徒を対象とした研究では、睡眠不足によって、集中力と認知機能の低下・居眠り・運動能力の低下・学習能力や長期記憶や学業成績の低下なども判明しています。
高齢者の早寝早起きはとくに危険
日本の睡眠医療の専門家であるスリープクリニック調布院長の遠藤拓郎氏も、「人間のパフォーマンスというのは体温に依存します。体温が低い時は身体中の機能が著しく低下します。人間の一日のなかでの最低体温というのは、個人差もありますが朝の4時から6時。一方で最高体温となるのが夕方4時から6時。したがって、ケリー博士の言う通り、朝早くから活動をするのは年齢に関係なく危険なのです」と、早起きが健康に良くないどころか危険でさえあると指摘しています。
遠藤氏によれば、高齢者に早起きの人が多いのは、眠気を誘発するホルモンであるメラトニンが加齢によって減少しているからです。
また、眠るにはある程度の体力も必要となるため、体力が低下した高齢者はそのまま眠り続けることができなくなるのだそうです。
つまり、高齢者は早寝早起きよりもむしろ『遅寝遅起き』のほうがずっと健康にいいという事です。
ケリー博士も、「脳に加えて、心臓や肺などのあらゆる臓器にも体内時計は備わっています。ただでさえ早起きをすることによってこれらの体内時計にズレが生じる上に、そのズレは年齢を重ねるごとに自然と大きくなります。そうなると、必要以上に臓器を酷使してしまうことになり、病気を誘発するリスクがさらに高まるのです」と言い、世界中でとくに睡眠時間が短い日本人に注意を促しています。
早寝早起きを美徳として、『早起きは三文の徳』ということわざもある日本には早起きをする人の割合も多く、学校や政府や企業がそれを主導しているように思えます。
健康で長生きするためには、とくに高齢者は、それが科学的に間違いだということを充分に理解してほしいと、日本社会に対して危機感を募らせているのです。
その「早起き」は「早朝覚醒」かも?
早寝早起きを実践している方も多いでしょうが、起きたくないのに早朝に目が覚めてしまうのは「早朝覚醒」という睡眠障害かもしれません。
睡眠障害には、布団に入ってもなかなか寝つけずに1時間以上かかる「入眠障害」、朝起きるまでに何度も目が覚めてなかなか眠れなくなる「中途覚醒」、深い眠りに入れず熟睡感が得られない「熟眠障害」、そして、もっと眠りたいのに朝早く目が覚めてしまって眠れなくなる「早朝覚醒」があります。
朝早くに目覚めてしまっても、その日一日を活動的に動けるのであれば問題はありませんが、昼間に強い眠気が襲ってきたり、夜になって起きているのが辛いと感じることが多いようなら「不眠症」の症状である早朝覚醒の可能性があります。
その場合は治療が必要となりますので専門の医師に相談しましょう。
効率よく眠る7つの方法
「早起きが睡眠不足の原因になるから危険というのは分かったけど、早起きしないわけにはいかないし」という方もたくさんおられるでしょう。
そこで、少ない睡眠時間でも効率よく眠る方法をお教えしたいと思います。
これなら出来そうだと思う方法があれば、今日からでも試してみてくださいね。
1,寝る前に食事をしない
食物が消化されるのに約3時間はかかります。
ですから、寝る前に食事をすると食べ物が消化しきれず、眠りに入ってからも胃の中に食物が残っている状態となってしまいます。
すると身体は消化するために働かねばならなくなり、しっかり休息をとることが出来ないのです。
それでは深い眠りには入れませんので、夕食は寝る3時間前には済ませましょう。
ちなみに、油っこい食事の場合はもっと時間がかかりますので4時間前が望ましいですね。
2,寝る前の飲酒も控える
眠れないからと寝る直前まで飲酒するのは控えましょう。
たしかに寝つきは良くなるかもしれませんが、アルコールには利尿作用があります。
トイレに行きたくなって目覚めたり、喉の渇きで目覚めることもあり、かえって睡眠の質を落としてしまいます。
飲酒するのは寝る3時間前までにしてください。
3,就寝1時間前の入浴
入浴には、興奮を抑えて副交感神経を優位にさせる作用があります。
寝る1時間ほど前に入浴して、湯舟にゆったりと浸かってリラックスしましょう。
また、身体の表面の血管を広げて放熱しやすくしてくれるので、眠る頃には深部体温が下がって寝つきやすくなります。
4,布団の中でテレビやスマホを見ない
寝る直前まで刺激を受けていると、脳の興奮状態がおさまらずに副交感神経が優位に働きにくくなります。
目をつぶってもあれこれ考えてしまい、入眠の妨げとなります。
5,寝つきやすくするには
普段から寝つきが悪い方は、布団の中に入ったら何も考えなくていいような環境を作ってください。
眠りにつきやすい呼吸法を試してみたり、難しい本を読むのもいいでしょう。
難解な本を読むと、内容が理解できずに字面を目で追うだけの単調作業となり睡眠を誘う効果があるのです。
6,朝目覚めたらまず朝日を浴びる
太陽の光には、眠気を誘うホルモン「メラトニン」の素となる、神経伝達物質「セロトニン」を生成させる効果があります。
このセロトニンが朝に作られて、夜にはメラトニンという睡眠ホルモンに変わるのです。
セロトニンをたくさん生成させることで、夜にはたくさんのメラトニンが眠りに誘ってくれます。
朝目覚めたらカーテンと窓を開けて、朝日を浴びながら深呼吸をしましょう。
体内時計もリセットされて、快適な一日が過ごせます。
7,寝具を見直してみる
熟睡感を得るためには、自分に合った寝具選びも大事です。
朝起きた時に、腕が痺れていたり肩が凝っていたり、腰に痛みを感じたことがあれば寝具を見直してみましょう。
沈み込みが激しい柔らかな布団は、寝返りが打ちにくくなって身体に負担をかけます。
適度な硬さがある、身体が沈み込んでしまわない布団を選んでください。
また、枕の高さや硬さも重要です。
高さが合ってなかったり柔らかすぎると、頭をしっかり支えることができずに肩や首が痛くなります。
「枕が変わると寝られない」という人もいるほど枕は重要ですので、自分に合ったものを探してみましょう。
まとめ
「早起きは危険」とはまさに睡眠の新常識ですが、体内時計のズレがどれほど深刻な事態を招いてしまうかを考えさせられるレポートでした。
とはいえ、起きたくなくても早起きしなければならない事態はすぐには変えられません。
ですから、せめて睡眠不足にならないよう、眠れる時間で効率よく快眠が手に入れられるよう、私たちなりに努力する必要があるのです。
睡眠の妨げとなる悪い習慣は控えて、良い習慣は取り入れ、自分の中の体内時計と上手に付き合っていきましょう。